メモリースロットをちょっと深堀りしませんか?
今回のテーマは【角人の青年Ambitionの記憶】です。
なお、文字の色分けは、これまでと同様に以下のように使い分けていきます。
「Ambition…コイツはもうダメだな。地下行きだ」
その研究員の言葉を、俺は今でも覚えている。角人の耐久実験の最中、機械の誤作動によって脚を怪我した俺は、歩行も困難な体になっていた。角人の回復力でも、歩けるまでにかなりの時間がかかる。これでは兵士にも実験体にもなれないだろう。そうして無価値になった俺は、「角闘」と呼ばれる地下格闘技場へと売り飛ばされた。
そこでは俺のような角人が集められて、見世物として戦わされる。いかにも上の奴らが好みそうな悪趣味な興行だ。
「よう役立たず。お前、一歩も歩けないんだってな?」
1人の男がやってきて、ゴミを見るような目で俺に訊ねた。男の名はKain。『軍隊』の角ナシの1人で、「角闘」の教官だった。彼曰く、この「角闘」で最後まで勝ち抜いた一人には地上への切符が渡されるらしい。しかし反対に戦いに敗れた者は、ここよりもさらに地下にある労働施設へと連れていかれるのだという。「まさに地獄に一本垂らされた蜘蛛の糸だな…」
Kainはそう言って悪意のこもった笑みを浮かべた。
「俺がお前の教官だ。よろしくな、Ambition」
奴は有無を言わさず、俺を選手用の檻に連れた。冗談ではない、歩けもしない俺が戦うだと…?どうやっても負けるに決まっていた。…だが、俺にはその選択しか残されていないのも事実だった。これより下に堕ちたくはない。死ぬのなら、せめて抗ってから死にたい…。少しでもマシな生活を求めるために、俺はここで戦うしかなかった。
「喜べAmbition。最初の相手はお前と同じルーキーだ」
Kainが酒瓶を片手に告げる。角闘に入って1週間、俺はこの男から無意味にムチで打たれ、暴言を吐かれるだけで、訓練らしいことは、なに1つしてもらっていない。角闘はトーナメント形式で行われる。一度負けたら敗退、戦えなくなった角人が労働施設に送られるところを何度も見た。ある時、俺はKainに、本当に地上に出られるのか。地上に出た先には何が待ち受けているのかを尋ねた。
「…自由だ。誰にも縛られず、命を脅かされることもない、本当の自由が待っているぞ」
彼は俺の肩を叩いてそう答えた。誰にも縛られない、命の危険もない、本当の自由…。想像してみたが、俺にはよく分からない。だが、それが今よりずっとマシで、輝かしいモノであることは分かった。漠然とした未来に胸が高鳴る。数日後の試合が待ちきれなくなり、俺は一心不乱になって鍛錬に励んだ。
ついに初戦の日が訪れる。俺の初めての対戦相手は角人にしては細い体格の男だった。角闘に売られる理由は角人によって様々だが、彼の場合、平均的な角人よりも筋力や耐久力が劣るので、戦場では使えないとして売られたらしい。虚弱なヤツと歩けない俺が互いに睨みつけ合って、構えを取る。一体どんな戦いになるのか、観客たちが注目している。
そして…ついにゴングが鳴った。それに合わせてヤツも叫びながら飛び掛かった。ヤツの拳が顔面に飛んでくるも、両腕でそれを防ぐ。この程度ならやれる…!俺はヤツの肩を強く掴み、もう片方の腕を、ヤツの細い首に巻きつけた。ギチギチ、と音を鳴らして筋肉と筋肉がぶつかり合う。角闘に入ってずっと、ひたすら上半身を鍛え続けていた甲斐あって、俺の羽交い絞めはなかなかほどけない。ヤツはしばらく抵抗したあと、床を叩いた。ギブアップだ。…しかし、ゴングが鳴らない。
「Ambition、もっと締め上げろ!でないと負けるぞ!」
Kainが入場口で叫んだ。俺はそれを聞いて、負けたくない一心でより強くヤツの首を締めあげる。永遠とも思える時間を経て、ふと歓声が上がった。俺はその時になってようやく気が付いた。ヤツが腕の中で、首を異常な方向に曲げながら、既に死んでいたことに。
「華々しい初戦だった」
Kainの嫌味が頭から離れない。彼は「全力の試合には事故がつきものだ」と言っていたが、初め、俺にそこまで割り切ることはできなかった。俺の腕の中で苦しむヤツの顔が、夢に出てくることもあった。…だが、だからと言って、いつまでも目を背けられない。そうだ、生きるためには仕方なかったんだ。弱いヤツが死に、強い奴が地上に登る。ここはそういう世界なんだ。俺はひたすら自分にそう言い聞かせて、角闘と向き合った。
虚弱、事故による怪我、戦場でトラウマを負って戦えなくなった者…色んな事情を持つ角人と戦って、時にはトドメを刺すこともあった。そうしてがむしゃらに戦っているうちに、俺はいつしか決戦を間近に控える優勝候補にまで上り詰めていた。
「今度の相手は手強いぞ、戦闘経験が豊富な元兵士だそうだ」
試合の数日前にKainが告げる。結局、これまで彼から何かを教わることはついに一度も無かった。だが、1つだけ…彼が唯一教えてくれたあの「自由の話」だけは、俺の頭の中に色濃く残っている。その輝かしい話を頼りに、ここまで戦ってきたと言っても良いほどだ。次はいよいよ決勝戦。これに勝てばあの話が現実になるんだ。この数日間、俺は浮き立つ心を抑えながら、ひたすら鍛錬に没頭していた。
ついに訪れた試合当日。決勝戦の観客席は満席に近かった。客席の角ナシどもの熱気が伝わって、俺も半ば興奮状態になる。対戦相手の大柄な角人が俺と相対し、そして…試合開始のゴングが鳴った! 同時にヤツの拳が飛んでくる。俺は上体を捻ってなんとかそれを避けると、ヤツの腕を掴んで骨を折ろうとした。しかしすぐに距離を取られてしまう。さすがは歴戦の兵だ。一瞬の油断も許されない、緊迫した時間が流れた。その時、ふと入場口で何かを話し合う2人の角ナシを見た。1人はKainで、もう1人は彼と同じ服装だが、知らない顔だ。一体何をしてるんだ…?俺が2人の様子に気を取られていたその時、相手の闘士に隙を突かれ、体を掴まれた。
「しまった…!」
ヤツは俺を高々と持ち上げて、そのまま地面に叩きつけようとする。このまま頭から落下すれば、無事では済まない。もし脳震盪を起こしてしまえば、勝負は決まったも同然だ。…嫌だ、負けたくない。俺は勝って、自由になるんだ!俺は咄嗟に地面に手を突いて、無理矢理に着地した。曲芸師のような立ち回りに観客がどよめく。ヤツも虚を突かれた顔をしていた。俺はその隙を突いて首元に飛び掛かる。あの時と同じ羽交い絞めだ。頭の中でKainの言葉が聞こえた。もっと締め上げろ!負けたくない。俺はヤツの息の根を止めるつもりで渾身の力を込めた。そして、骨が粉々になる音と共にヤツの体は人形のように脱力し、その場に倒れた。
試合が終わった後、俺は疲労の余り気を失っていたようだ。目が覚めると揺れる貨物車の中に居て、自分が既に地上に出たことを実感する。その時、運転席の男が俺に声を掛けた。
「優勝おめでとうAmbition」
仕切りの向こうに見えるその顔は、決勝戦でKainの隣に居たあの角ナシだった。そうか、俺は優勝したんだ!…しかし、何故その俺が貨物車に揺られているんだ。地上に出られた後は、自由になるはずではなかったのか?俺が疑問に思っている内に、車は目的地に着いたようだ。降車すると、外には神妙な面構えをした角人が並んでいた。
「こ、これはどういうことですか…?」
角ナシが俺に告げる。
「彼らは角人の少数精鋭部隊。高い生命力でどんな作戦もこなすゴキブリのようにしぶとい連中だ。お前のようにな、Ambition」
まさか…。俺は思わず後ずさり、冷や汗をかいた。
「次の作戦は、敵の主要基地を襲撃する。角闘を生き延びてきたお前たちならまず死なんだろうが、心してかかれ!」
困惑して突っ立っていた俺を、角ナシが部隊の列に加えさせた。待ってくれ、自由は?誰にも縛られず、命の危険もない地上の生活は!?Kainはこの為に俺を騙してそそのかし、地上に送り出したのか…!では、俺の夢はどうなるんだ?分からない…何も考えられない。困惑のあまり目の前が暗くなる。突き付けられた現実に、ただ絶望するしかない。俺は一体何のためにここまで…。
「角闘」は表向きは角ナシたちの娯楽イベントだが、その真の狙いは『軍隊』上層部による少数精鋭部隊の選抜試験だったと考える。角人は元々『Ogre』と呼ばれていた『強化兵士』であり、研究で生み出された生物兵器のようなものである。このスロットではすでに角人と呼称されているので、【Felipeの実験記録-精霊Hydraのハッキング記録から-】にあった “精神性の脆弱さ” を改良し量産化できるようになったのだろう。ただ、一定の確率で “兵士にも実験体にもなれない” 角人は出てきてしまう。それを有効活用するにはどうすれば良いのか考えた結果が「角闘」だったのではないか。興行化することでお金も集まるので一石二鳥である。
「角闘」が少数精鋭部隊の選抜試験という前提で考えると、Kainの行動にも意味があるように感じる。
① “無意味にムチで打たれ、暴言を吐かれるだけ” は理不尽な対応にも反抗・反発しないかの確認
② “騙してそそのかし” たのは漠然とした目標でも達成するために努力できるか確認
③ “もっと締め上げろ!でないと負けるぞ!” と声掛けしたのは、油断せずにトドメを刺すことができるかの確認
決勝戦の時、入場口でKainともう一人の角ナシが話していたのは、引継ぎだろう。決勝戦なので、どっちが勝っても少数精鋭部隊への加入が決まっていたはずだ。そう考えると、両者の性格や特徴、戦闘スタイルなどに関する情報の引き継ぎを行っていたと考える。おそらくKainは、Ambitionの専属トレーナーではなく、「角闘」に来た角人全員を担当するトレーナーであり、それぞれの角人の個性や長所などを把握していた。それを活かし『軍隊』に貢献する角人を1人でも多く増やすのがKainの任務ではないだろうか。
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