メモリースロットをちょっと深堀りしませんか?
今回のテーマは【脱走角人Alvinの記憶】です。
なお、文字の色分けは、これまでと同様に以下のように使い分けていきます。
「Alvin、俺たち今日も生き残れるのかな…」
貨物車の荷台に乗せられ、モノ同然の扱いで運ばれる最中、仲間の角人の一人が、俺に不安を漏らしていた。
「大丈夫。俺がついているから」
背中をさすって慰める。この貨物車は戦場に向かっていた。俺たち角人は体が頑丈なため、戦場の中でも最も危険な最前線に派遣される。そこでは銃弾を受けても止まることの許されない、壮絶な戦いを『軍隊』に強いられていた。あまりの過酷さに、ノイローゼになる者も現れる程だった。
貨物車が停車する。俺たちは戦場に降り立ち、武器を片手に配置についた。
「俺が先陣を切る。腰を低くして、後ろに続いて走るんだ」
仲間を1人でも多く生き残らせるため、俺は指示を出した。自ら先頭に立って安全な場所を見極め、敵に接近する。そして奇襲を行って戦線を乱し、退き時になればすぐに退散。俺は仲間を死なせないよう全力で走り、全力で戦った。感謝されるためでも、角ナシに認められるためでもない。自信も根拠も無いが、いつか角人が『軍隊』から解放される日が来ると信じていた。俺が戦うのは、そんな日を、少しでも多くの仲間たちと迎えるためだ。
俺たちは再び貨物車に乗せられ、研究所附属の角人収容施設へと運ばれた。檻の中に入れられて、一日一食だけ配給されるパンとシチューを受け取った。しかし、仲間たちと分け合うと、それが明らかに人数分に満たないことに気が付く。角ナシが量を量り間違えたのだ。ただでさえ少ない飯だ。更に分け合って量を減らすわけにもいかない。
「あの…飯が、足らなくて…」
俺は仲間を代表し、檻を見張る角ナシに恐る恐る尋ねる。するとその見張りは額に青筋を浮かべて、警棒で俺に殴り掛かった。
「貴様、反抗するつもりか!」
角人にも効く高圧電流の警棒で、体中が悲鳴を上げる。こうなると最早、何を言っても無駄だ。俺はこの角ナシの気が済むまでひたすら耐えた。気絶しそうな痛みに耐え続けて、ようやく見張りが口を開く。
「生意気な奴め、罰としてお前は飯抜きだ」
檻の扉が乱暴に閉じられ、角ナシは満足そうな顔で位置に戻る。俺は境遇を呪った。何故こんな目に遭わなくてはならないのか…!『枷』…そうだ、俺たちを縛る『枷』さえ無ければ、今すぐにでも奴らを蹴散らして、外の世界に飛び出すというのに…!俺が悔しさのあまり震えていると、仲間たちが寄り添ってきた。
「Alvin、いつも俺たちの代わりにすまないな。本当は助けてやりたいんだが…」
彼らは1つの器にパンとシチューを少しずつ寄せ集め、俺の分の飯を用意してくれたのだ。俺は見張りの角ナシにバレないよう、黙ってそれを食べた。涙が止まらない。飯がしょっぱい。仲間たちの親切が身に沁みるほど、角ナシどもの非道がより許せなくなった。いつかこんな所から抜け出してやるんだ。『軍隊』の支配が及ばないところまで、仲間と共に…。
その日の夜は夢を見ていた。それは角ナシどもから逃げる夢。施設から飛び出して、『軍隊』の敷地外まであと一歩のところ…、そこで大きなサイレンが鳴り、俺は夢の世界から引き離された。起きると、現実の世界でもサイレンが鳴り響いていた。
「何が起きたんだ、Alvin…!?」
仲間たちが訊ねるが、俺にも訳が分からなかった。檻の外を見ると、俺を殴ったあの見張りが、檻のすぐ傍で石のように固まって倒れていた。寝ているのかと思い格子の隙間から小突いてみたが、一切反応が無い。『まるで死んでいるかのよう…』その考えが過った直後、倒れた見張りの腰に下げられた檻の鍵を見た。手を伸ばせば届く距離だ。
「やめておけ、Alvin!バレたら殺されるぞ…!」
仲間が制止したが、俺は敢行した。見張りから鍵を奪い、扉を開けて飛び出す。…改めて檻を出てから気付いた。収容所の中は驚くほど静かだ。まるで誰も居なくなったような…。そう思った瞬間、何者かの足音が近づいてきた。
「お前、そこで何を…!?」
現れたのはもう1人の見張りの角ナシだった。もうバレたのか…!彼が腰に添える警棒が目に入った。俺を散々痛めつけた武器だ。俺は咄嗟に身構えた。また、奴らの気が済むまで殴られるしかないと、覚悟を決めて目を瞑った。…しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこない。どういうことだ…?奇妙に思って、そっと目を開けた。なんと、角ナシはその場に立ち止まって苦悶の表情を浮かべていたのだ。
「た、助けてくれ…!」
胸を押さえて、苦しそうに手を伸ばしている。「助けて」だと?角ナシが俺たちに助けを乞うているのか…?やがて彼は先の角ナシと同じく、石のように固まって動かなくなった。小突いたり、声を掛けたりと確かめたが、反応がない。…死んでいる。俺と仲間は唖然として、互いの顔を見る。誰かがふと呟いた。
「もしかして、皆死んでしまったのか…?」
確かに、施設はサイレンの音以外何も聞こえず、人の気配はない。
「まさか」
「どうやって」
「これも奴らの実験なのでは…?」
仲間たちが口々に疑問を呟いて、どうするべきかと悩む。だが俺はもう決心していた。ずっと胸の中で奇妙な予感がしていたのだ。
「…進もう。脱出できるかもしれない」
俺は仲間に呼びかけて、出口を目指した。
仲間たちを引き連れて、俺は施設の中を歩き回った。収容施設は研究所と附属されており、所内には多くの設備があった。所々で、すでに息絶えている角ナシを見かけた。彼らもまた、あの見張り達と同じように、みな石になってしまっていた。やはり何かあったんだ。何か大きな事件が…!予感が確かなものへと変わっていく。それに合わせて俺たちの歩みも早くなる。はやる気持ちを抑えて、出口を目指す。
やがて、俺たちは施設の外に出た。外は黒い雨が降りしきっており、そして案の定、そこでも生きている角ナシは誰1人居なかった。基地のどこをみても人の気配はない。『軍隊』が壊滅したという仲間の言葉が現実味を帯びた。それまで慎重だった俺も、ついに確信する。彼らは滅んだ。よくは分からないがきっと誰かが非道な彼らに天罰を下し、俺たちを解放してくれたんだ!この黒い雨は、そんな俺たちを祝福する雨なのだと!俺はひたすら走った。全力で走るうちに、敷地の外に続くゲートを見つけた。夢の中で、俺はここから先に行けなかった。だが今は違う。もうこの身を縛るものは、何一つ存在しない。
…そしてついに、俺は敷地の外に飛び出した。立ち止まることなく、そのまま外の世界を走った。走りながら歓喜して、涙が止まらなかった。後ろには、俺に続くようにして全身で喜びを表す仲間達がいる。俺は彼らに呼び掛けた。山や森、どこだっていい。角ナシどもが居ない場所に逃げるんだ。誰にも縛られない安住の地で、俺たちは新たな生活を始めよう。
一般に黒い雨とは、広島県や長崎県に原子爆弾が投下された時に降ったとされる放射性物質を含んだ雨のことである。”黒い” の理由は、火災によるすすや煙、泥塵などが混ざったことで濁った色をしていたから。それがこのスロットでも出てくるということは、何らかの兵器による被害を『軍隊』が受け、その影響で施設周辺の雨が濁った色になったと想像した。そして、その兵器は『死のウイルス』を使った生物兵器だと考える。『軍隊』の角ナシは “石のように固まって” 動かない(死んでいた)とあり、この症状から『死のウイルス』が関係していると考えるからだ。メモリースロット【兵器部部長「Jim」の記憶】にある “『軍隊』はウイルスのパンデミックで弱体化” もこのことだろう。また、メモリースロット【中尉Neilの記憶】に出てくる「コアシステム」の管理者もウイルスにより石になったことで『軍隊』の命令系統や角人の管理も機能しなくなったと考えると、角人が自由になれた理由も理解できる。
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